医師を志したきっかけ 〜がん家系に生まれて〜
「先生はどうして医師になったのですか?」
診察の合間や学生さんとの雑談で、時折そう尋ねられることがあります。
その問いに答えるとき、私の心の奥にはいつも同じ光景がよみがえります。
それは、私の家族が「がん」という病と向き合ってきた記憶です。
家族の記憶に刻まれた「がん」という病
私の家系はいわゆるがん家系で、祖父や父をはじめ複数の家族ががんで命を落としました。
特に消化器系のがん―胃がん、大腸がん、膵がん―は、何人もの家族を襲いました。
子どもながらに「おじいちゃんが癌になったよ」「癌で○○さん入院しているらしいよ」などといった報せを聞くたび、胸の奥に冷たいものが広がっていったのを覚えています。
「がんは不治の病」
令和の現在ではがんに対する治療は確立されてきており、がんの種類によってはかなり治療成績のよいものもあります。しかし昭和や平成初期はまだまだがんという病気はなったら死を覚悟する病気であったと記憶しています。
病室で弱っていく姿、親戚が集まって沈痛な空気の中で交わす会話。幼少期に経験したそれらの光景は、がんという病気の恐ろしさを心に刻むとともに、強い無力感を伴うものでした。
知識の不足と、誤った選択
当時の私や私の家族は、がんについて正しい医学的知識を十分に持っていたわけではありませんでした。
インターネットも今ほど普及しておらず、情報は口コミや雑誌、民間の噂話に頼ることが多かったのです。
「この健康食品が効くらしい」
「ある民間療法でがんが治った人がいる」
がんになってしまったり、がんになりたくない私の家族はそんな言葉にすがりつくようにさまざまな民間療法を試しては、結局は期待が裏切られるということを経験しました。
医学的に根拠のない治療に時間やお金を費やす姿を目の当たりにしながら、私は子どもながらに「どうして誰も本当に正しいことを教えてくれないのだろう」と思いました。
その無力感と同時に、「自分が医師になれば、家族を助けられるかもしれない」という強い気持ちが芽生えていきました。
がんの民間療法
がんの民間療法とは、医学的に効果があると認められていない治療法です。例を挙げると、がんワクチンやアガリクス、漢方薬などがあります。いまでも世の中にはがんに対する民間療法はたくさんあります。そのすべてを否定するわけではありませんが、私の経験ではそのほとんどが効果に乏しく、中には民間療法に傾倒することで正しい癌治療を受けられなくなってしまう危険があります。
「がんで亡くなる方を減らしたい」という思い
成長するにつれ、私は自然と医療に興味を持つようになりました。特に強く関心を持ったのは、やはり家族の多くが命を落とした消化器系のがんでした。
胃がんや大腸がんなどはがんの中でも患者数が非常に多い病気です。
食べ物を消化し、栄養を吸収する大切な臓器でありながら、がんが発生すると進行が早く、発見が遅れると手の施しようがない。
「どうすれば、がんで命を落とす人を一人でも減らせるのか」
その問いは、私にとって医師を目指す最大の原動力になりました。
医学の道を歩みながら感じたこと
医学部に進学すると、講義や実習を通じて「がんとは何か」を体系的に学ぶことができました。
それは単なる医学の知識の習得ではなく、かつての自分に教えてあげたい「がん治療のコンパス」を手に入れたような体験でもありました。
「がんがどうして発生するのか」
「なぜ早期発見が難しいのか」
「どのようにすれば救えるのか」
これらを学んでいくうちに、私は
「正しい知識と適切な医療があれば、救える命はもっと多い」 ということを確信しました。
そんな私は無事、国家試験を通過し、がんの中でもっとも多い「消化器系のがん」のスペシャリストである「消化器内科」を専門とする医師を目指しました。
現場で見た「希望」と「現実」
医師として現場に立ち、数多くの患者さんを診てきました。
その中には、健診で偶然早期のがんが見つかり、手術で根治できた人もいれば、進行がんで発見が遅れ、治療が難しい人もいます。
私が最後に勤務していた愛知県がんセンターには様々ながんの方がみえました。消化器系のがんでは比較的中年から高齢者の方に発症することが多いのですが、若い人で20歳前後のがんにかかるかたもいます。若くしてがんと闘病している方々も何人もみてきました。手術で完治をする方、抗がん剤治療のため入院している方など様々でした。
このような経験から私が患者さんに伝えたいこと、それは、
「がんは決して特別な人だけの病気ではない。誰にでも起こり得るもの。そして、正しい知識と行動で守れる命がある」ということです。
同じ「がん」という病気でも、見つかるタイミングと治療の選択次第で、人生が大きく変わる現実を目の当たりにしてきました。
私の原点とこれから
振り返れば、医師を志したきっかけはとてもシンプルです。
「家族を救いたい」
そして、「がんで命を落とす人をひとりでも減らしたい」
この思いは今も変わっていません。
診察室で一人ひとりの患者さんと向き合うとき、健診の結果を一緒に確認するとき、その根っこにはいつもこの初心があります。
がんの治療でもっとも重要なことは「早期発見・早期治療」です。
これからも私は、がんの早期発見・正しい診断・適切な治療の大切さを伝え続けたいですし、患者さんにもいままでの経験を生かして、診療を行っていきたいと思っています。
結びに
日本人の2人に1人はがんになる現代で、がんは誰にとっても決して遠い存在ではありません。
だからこそ、正しい情報に触れ、適切な行動をとることが大切です。
「がんで命をなくす人を一人でも減らしたい」
その願いを胸に、私はこれからも日々診療にあたりたいと思います。
消化器系のがんについての解説はこちら
この記事を書いた人
神谷 友康
「医は仁術」
消化器系を中心に内科領域全般を診療しています。
医学をみなさんの日常生活でお役に立てる内容で発信したいと思っています。
資格
日本内科学会総合内科専門医、消化器内視鏡専門医、消化器病専門医など
経歴
愛知医科大学医学部医学科卒業
名古屋セントラル病院消化器内科レジデント
東海学院大学食健康学福祉部講師
名古屋セントラル病院消化器内科医長
愛知県がんセンター病院内視鏡部医長
東海内科・内視鏡クリニック 岐阜各務原院院長